2011年、バーゼルワールドの会場でタグ・ホイヤーは時計史に残る衝撃的な宣言をした。世界初の機械式クロノグラフとして、1,000分の1秒の計測と表示を可能にした「マイクロタイマー フライング 1000」の誕生である。この革命的なタイムピースは、わずか2ヶ月前に発表された1/100秒計測の「カレラ マイクログラフ」ですら霞んで見えるほどの、文字通りケタ違いの超絶技巧の結晶であった。
45mmまたは46mmのチタンカーバイドコーティングを施したスチールケースは、その圧倒的な存在感を放つ。ブラックDLCコーティングが施された精悍なボディに、イエローのセンタークロノグラフ針が鮮烈なアクセントを添える。この黄色い針は、1秒間に10回転という驚異的な速度で文字盤上を駆け巡り、1,000分の1秒という単位を視覚化する。
この時計の真髄は、その革新的なムーブメント構造にある。2つの香箱と2つの輪列、そして2つの調速機構を持つ「デュアル・チェーン」方式を採用し、一つは通常の時刻表示用に28,800振動/時で、もう一つはクロノグラフ用に3,600,000振動/時という前代未聞の高振動で作動する。この驚異的な周波数は、F1エンジンの最大回転数の3倍以上に相当する。
特筆すべきは、時計製造の歴史において初めて、テンワを廃したことである。通常の機械式時計に不可欠なテンワの代わりに、アトカルパと共同開発した極めて剛性の高い4巻きのヒゲゼンマイのみで調速を行う。アルミニウム、チタン、マグネシウムの合金で作られた軽量な軸と、一点でのみ接触するモノブロックアンクルが、この超高周波数を可能にしている。11もの特許が申請されたこの革新的なシステムは、「ランチャー・ハブ・ブレーキ・システム」と呼ばれるコラムホイール制御の機構によって作動する。
このような超絶性能を実現する代償として、クロノグラフのパワーリザーブはわずか150秒(2分30秒)に限られる。しかし、これはコンセプトウォッチとしての挑戦であり、タグ・ホイヤーの研究開発の到達点を示すものだ。COSCクロノメーター認定を受けた時刻表示用のムーブメントは42時間のパワーリザーブを確保している。
世界限定11本という希少性と、発表当時10万スイスフランという価格は、この時計が単なる商品ではなく、機械式時計の限界に挑んだ技術の結晶であることを物語っている。マイクロタイマー フライング 1000は、1916年の初代マイクログラフから続くタグ・ホイヤーの高振動クロノグラフ開発の歴史における、一つの到達点なのである。 |