モータースポーツと時計製造の蜜月。その歴史を語る上で、タグ・ホイヤー「フォーミュラ1」コレクションは欠かすことのできない一章である。1986年、石英革命の只中で誕生したこのシリーズは、ブランドを救った立役者として知られる 。Ref.WAZ1110.BA0875は、そのDNAを現代に伝える、ピュアなレーシングスピリットの継承者である。
この時計の第一印象は、ブラックとシルバーの力強いコントラストにある。41mmのステンレススチールケースは、繊細なヘアライン仕上げ(サテン仕上げ)によって上品な陰影を宿す。そして最大の特徴は、ブラックPVDコーティングが施された鋼鉄製の逆回転防止ベゼルだ 。このマットな質感のブラックが、プロフェッショナルな計器としての機能美を強調する。
文字盤は深みのあるブラック。オパリン仕上げの表面には、アプライドインデックスと蓄光塗料を施した針が浮かび上がり、夜間でも確かな視認性を確保する 。3時位置の日付表示は、日常使いの実用性を高める要素だ。視覚的なノイズを排したこのミニマルな構成は、ドライバーが一瞬で情報を読み取るためのレーシングカーのダッシュボードを彷彿とさせる。
内部に搭載されるのは、スイス製の高精度クォーツムーブメント 。ブランドのヘリテージディレクター、ニコラス・ビーブイック氏が語るように、1980年代後半、タグ・ホイヤーは信頼性の高いクォーツクロノグラフの開発に苦心した歴史を持つ 。しかし、このシンプルな三針モデルは、その進化の先にある完成形だ。堅牢で、正確で、メンテナンスも容易。まさに「道具」としての信頼性を極めている。
200mの防水性能、耐衝撃性、そしてねじ込み式リューズ 。これらは決してスペック上の数字ではない。それは、ヨットのデッキでも、突然のスコールに見舞われる街角でも、この時計が確かに時を刻み続けるという確約である。
1992年から2003年まで、タグ・ホイヤーはF1世界選手権の公式計時を務めた 。この歴史の重みは、フォーミュラ1コレクションに脈々と流れている。WAZ1110.BA0875は、過度な装飾を排し、機能と耐久性を追求した結果として、唯一無二のスタイルを獲得した。それは、サーキットのピットで、あるいは日常のオフィスで、確かな鼓動を刻み続ける、現代のレーシングウォッチの理想形なのである。 |